ディックの話

ここしばらくディックの本ばかり読んでいる。
と言っても、読んだのは 2 冊 & 映画 1 本と言う程度であるが…

羊
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』
映画『ブレードランナー』の原作。『ブレードランナー』は随分前に観
たが内容は忘れた。小説の方は、序盤まったりした展開だったが、
中盤以降急激 & 劇的に物語は進行していくので、かなり引き込ま
れた。
僕らの住む世界よりずっと未来を描いた SF で、主人公は火星か
ら来たアンドロイドを殺す事が生業の賞金稼ぎである。世界は、第
三次大戦後となっており、第三次大戦中に核が投下され、死の大
地となっている。”生きた動物” は稀少であり、より大きな “生きた
動物” 飼う事がステータスであり、豊かさの象徴となっている。ちな
みに、機械製の動物はかなり安いらしい。機械製の動物も簡単に
は見分けがつかない。火星から来たアンドロイドは人間では到底
及ばないほどの知能を備えている。人間とアンドロイドは簡単には
見分けがつかない容姿をしているらしい。アンドロイドかどうかを測
定する装置を使用し、主人公は判定するのであるが、アンドロイド
は狡猾であるので、その装置を信用できなくなる様な事を言ってし
まうのである。下記の様なやり取りである。

人間 「(アンドロイドに対して) あなたはアンドロイドですね。」
アンドロイドA「いや、違います。あなたがアンドロイドではないので
すか?」
アンドロイドB「アンドロイドAは、絶対に人間ですよ。」

また、人間とアンドロイドを分かつものは”感情” らしい。感情を最も
昇華させたものが、その世界では宗教という事になっている。しか
し、その宗教の教祖が自分自身の行動で示す究極で敬虔な行為
も、アンドロイドはその実態がいかに馬鹿げて、当たり前の現実原
則に則した行為であるかを暴き立ててしまう。
こう示してしまうと、真に人間的な行為とはなんであるのか? アンド
ロイドと人間の違いはどこにあるのか? といったものが凄く不安定
で曖昧になった世界を主人公は彷徨っていく。
終盤にかけての盛り上がりは素晴らしくディック屈指の傑作と言わ
れるだけの事はある。また、最後の結末も好きである。要約すると
以下の通り。
嘘か真実かはあまり重要ではない。その社会(システム)の中で、
上手く機能している事がより重要である。

婆様
『ユービック』
ディックお得の不条理世界。
『電気羊の…』に比べて、ミステリ? 仕立てなのかなとも思える。
SF の伝統的な装置を上手く使いながら不条理な世界を彷徨う
主人公という感じである。その世界とはある事件を堺に時間が退
行してしまう世界なのである。数分前に注文したコーヒーが即座
に腐ってしまい、胸ポケットからだしたタバコがボロボロになってい
る。そんな退行世界の中で全く退行せずに史実とは異なった部
分が見え隠れする。退行世界が進んでいくと、主人公自身も老化
して死んでしまう。その老化を抑える特効薬が “ユービック” なの
である。ユービックとはいったいどこにあるのか? 何故世界は退行
してしまうのか。何故、史実とは異なるのか? このあたりが焦点
となり、結末に向けて進んでいく。
ユービックの世界は、非常に不条理な世界である。もし過去に戻
れたら、ある時点を堺に世界を変える事が出来たなら、自分の体
験している世界が明らかにおかしいと分かりながら、本当に現実
の世界として見なして良いのか? そんな事がテーマであろうと思
う。総評としては、まぁまぁ面白かった。何となく宗教体験をまとめ
た様な本に思えた。結末だけ読むと、結構ありがちだが何度か読
むと感想も変わってくるかも知れない。

トム
『マイノリティ・リポート』
スピルバーグ監督。とりあず、映画で見た。結局、ディックの不条
理世界である。
世界が完全に統制されており、犯罪を予知できる仕組みが存在
する。その仕組みで、市民の平和は守られている。ただし、その
仕組みが誰かによって都合良く操作されてしまった仕組みであっ
たとしたら? みたいな話。
結末は、ハッピーエンドを装っているが、物語自体は破綻してい
る様に思えた。ディックならこんな感じだろう。物語自体は、短編
小説が原作なので、上記のストーリほど複雑ではない。監督の
スピルバーグは近未来を描く事に多くの時間を費やしている。

全体的に言える事だが、ディックは現実世界自身を信用していな
いらしい。そんな不条理で曖昧で前提を覆す様なストーリ展開が
多いと思う。であるので、一貫性であるだとか筋道自体を重視し
てしまうと、あまり面白くない作家なのではないだろうか? と、そう
思った。不条理な世界が目前に現れた時に人はどういう行動を取
り、その世界をどう受け入れていくのか? という観点で読むとかな
り楽しめると思う。
キリスト教の熱心な信者ではないかと思わせる様な描写が全体に
漂っているので、宗教的な側面もかなりあると思われる。プライベー
トな経験と世間一般に言われる経験とは基本的に異なる物だ。そ
こにどう折り合いを付けていくか? と言う様な物語に読めなくもない。
なかなか、考えさせられる要素が多い作家である。


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