キリンヤガ

早川文庫 キリンヤガ

マイク・レズニック の『キリンヤガ』を読んだ。ほぼ 1 日で一気に。うん、面白すぎたから。

キリンヤガとは、22世紀に絶滅に瀕したケニアの部族キクユ族のために人工的にテラフォームされたユートピア世界である。22 世紀になると、ほぼ全てのキユク族は、ヨーロッパ文明に感化されケニア人という名の黒いヨーロッパ人になってしまっていたのだ。主人公コリバは、ヨーロッパ文明の教育を受け、博士号まで持つほどの聡明さを備えながら、あえてヨーロッパ文明を捨て、キリンヤガでムンデゥムグ(祈祷師)として、絶対的な叡知と権威の元に、人間が本来あった素朴で牧歌的な生活を取り戻しユートピアを築こうとするが…。

この小説は、 10 話の中編小説からなるもので、それぞれが独立しているわけではなく、時系列順に並べられているので、全体を通してみると大きな物語として読む事が出来る。それぞれの話は、完成度が高く独立して楽しめるものだ。小説内でも語られているが、事実を列挙するのではなく、寓話(ある種の嘘)を語る方が、物事の本質によりたどり着けるという考えは自分の考えにぴったりと合うものだったので、非常に楽しめる作品であった。たしかに、シェークスピアやニーチェやキリストの語る”物語”は、人の心を掴んで止まない。また、それぞれの話はプラトンの様に寓意に満ちているので、物語を読むだけでなく、非常に考えさせられるものだ。自分なりに考え、解釈する事を求めているかのようである。

自分は、レヴィ・ストロースが好きなので、現代人には非合理に思えて仕方がない事も、本当は凄く合理的な事なのだ。とか、神話とは人類がどのように思考してきたか示す拡大鏡である。だとか、形而上学的、道徳的、社会的、法的、政治的、宗教的あらゆる要素は、パラドックスに満ちている。等々そんな事を考えながら読んでいた。

しかし、この作家相当頭が切れる。それに、このキリンヤガの世界をまるで見てきたかのように生き生きと語る姿は、恐ろしいぐらいだ。

キリンヤガの世界は、現実には存在し得ない文化の社会を描くが、実は現代社会に多く通じるものがある。自分たち現代人は気付かないうちに、様々な習慣、文化、風習に従って生きているのだという事を。それに、その文化や社会の一員であるために、日々習慣・風習に厳格であるように自分を拘束しているのである。ルイ・アルチュセールが言うように、教会・学校・会社・病院などのあらゆる施設は、国家のイデオロギー装置なのである。それを 1 つでも受け入れてしまった段階で、日本人は日本人になるのである。

キリンヤガの中でもそう言った様々な装置は存在し、文化があり掟や習慣がある。そう言ったユートピアをユートピアたらしめる法の中でも、例外は常にある。それをどう対処していくかと言うところも、見所である。様々な問題を対処していく中で、非常に困った問題にぶち当たってしまう時もある。誰もが努力し最善を尽くしたたのに、解決しないケースだ。この主人公(神に限りなく近い祈祷師)の判断が常に正しいとは限らないし、正しいのかも知れない。そんな両義的な側面を持つところも好感触であった。

全体的には、非常に満足度が高い小説であった。


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